good thing

 僕は聊か恐縮しながら、止むを得ず「傀儡師」の売れ高を答へた。
「皆そんなものかね?」
 泡鳴氏は更に追求した。
 僕よりも著書の売れ高の多い新進作家は大勢ある。――僕は二三の小説を挙げて、僕の仄聞する売れ高を答へた。それらは不幸にも氏の著書より、多数は売行きが好いに違ひなかつた。
「さうかね。存外好く売れるな。」
 泡鳴氏は一瞬間、不審さうに顔を曇らせた。が、それは文字通り、一瞬間に過ぎなかつた。僕がまだ何とも答へない内に、氏の眼には忽ち前のやうな溌剌たる光が還つて来た。と同時に泡鳴氏は恰も天下を憐れむが如く、悠然とかう云ひ放つた。

 相手の顔は依然として微笑しながら、鷹揚に頷いた。幕営の外はしんとしている。遠くで二三度、角の音がしたほかは、馬の嘶く声さえ聞えない。その中で、どことなく、枯れた木の葉の匂がする。
「しかしです。」呂馬通は一同の顔を見廻して、さも「しかし」らしく、眼ばたきを一つした。
「しかし、英雄の器じゃありません。その証拠は、やはり今日の戦ですな。烏江に追いつめられた時の楚の軍は、たった二十八騎です。雲霞のような味方の大軍に対して、戦った所が、仕方はありません。それに、烏江の亭長は、わざわざ迎えに出て、江東へ舟で渡そうと云ったそうですな。もし項羽に英雄の器があれば、垢を含んでも、烏江を渡るです。そうして捲土重来するです。面目なぞをかまっている場合じゃありません。」
「すると、英雄の器と云うのは、勘定に明いと云う事かね。」

 彼の名は子孫の殖えると共に、次第に遠くまで伝はつて行つた。国々の部落は彼のもとへ、続々と貢を奉りに来た。それらの貢を運ぶ舟は、絹や毛革や玉と共に、須賀の宮を仰ぎに来る国々の民をも乗せてゐた。
 或日彼はさう云ふ民の中に、高天原の国から来た三人の若者を発見した。彼等は皆当年の彼のやうな、筋骨の逞しい男であつた。彼は彼等を宮に召して、手づから酒を飲ませてやつた。それは今まで何人も、この勇猛な部落の長から、受けたことのない待遇であつた。若者たちも始めの内は、彼の意嚮を量りかねて、多少の畏怖を抱いたらしかつた。しかし酒がまはり出すと、彼の所望する通り、甕の底を打ち鳴らして、高天原の国の歌を唱つた。